『私達が欲しいと思うものをつくりたかった』
元来、日本の結婚式は自宅で行われていました。村中の人たちが集まって宴を行います。
ご近所の方々が総出で料理を作り、お客様をもてなします。
そこには整然と並べられたとは言い難い座席が用意されて、顔見知り同士がいつの間にか
グループをつくりあちこちに座り出します。すると次々に料理が運ばれて、にわかに空間が活気出します。
そこには奇妙な一体感が存在していて、料理を介して会話が生まれていました。
この『もてなす』という慣習は日本人の愛すべき文化だと思います。

2005年3月、群馬県の高崎市に初めて自分達の結婚式専用施設をオープンしました。
もともと結婚式場で出会った仲間達と『1組1組のお客様と真剣に向き合い、
スタッフ全員で創り上げる結婚式をしたい』と2002年に会社を興してから3年・・・
私達の空間を、私達の手で、
私達の好きなようにサービスを提供出来るウエディング専用のレストランでした。
それまでの3年間は、近郊のレストランをお借りして結婚式のプロデュースをしてきました。
そこで溢れていたのは、いつも思っていた『おもてなし』の空間でした。
式場のようなホテルのような豪華さはないけれど、
レストランの持つ雰囲気がゲストの気持ちを和ませてくれました。
お料理を食べたときに自然に溢れる子供達の笑顔や、
料理をきっかけに会話をしだすおばぁちゃんの笑顔・・・紛れもないあの空間でした。
レストランウエディングと言えば、当然料理がおいしいと誰もが思います。
でも周りを見渡したときには『おいしい結婚式』をしている専用施設がありませんでした。
レストランをお借りしている間は当然一般のお客様は店内に入れません。レストランを優先させるか、
ウエディングを優先させるのか、オーナーさんの苦しみが手に取れました。
『それなら私達で作ればいい。結婚式専用のレストランを』シンプルな事でした。
構想から1年間はとてもハードな毎日でした。1日の睡眠時間が2時間も取れないなんて事が続いていました。
建設地の選定から店舗の設計開発、仕入れ業者さんに至るまで新しい事の連続でした。
知らない事と言った方が正しかったのかも知れません。でも誰も不安はありませんでした。
『好きな仲間達と』『好きな事を』『好きなだけ』やってきました。これが完成したら、
『1組1組のお客様と真剣に向き合い、スタッフ全員で創り上げる結婚式を創ることが出来る』と
誰もが思っていました。
建物が完成し、ご予約頂いていたお客様へのお披露目会、今までレストランで挙式をして頂いたカップルを
ご招待しての感謝祭、取引先様へのレセプション。オープンまでほぼ徹夜の日々が続いていました。
そうして3月25日オープン当日。とても清々しく晴れた朝でした。平日の金曜日にも関わらず、
私達の想いに賛同し、是非第1号になりたいと挙式をしてくれたカップルがいました。
今でも忘れません、式の途中に髪を丸坊主にし愛を誓ったあの彼を、
屈託なく笑っていたのに大粒の涙を流していたあの彼女を、
帰り際『ごちそうさま』と挨拶してくれたゲストの方々を。
私達の『想い』がカタチになった瞬間でした。

